東南アジアに進出する企業にとって、現地のコスト構造は重要な課題である。特に、日本と比べて一人当たりGDPが低いにもかかわらず、なぜ用地コストや人件費、事業運営コストが一人当たりGDP比よりも高いのか?よく話題になるテーマであり、いくつかの論点を紹介しながら、その背景を探りたい。
1. 都市部と地方部のコスト差(平均の罠)
一つ目の要素は、都市部と地方部のコスト差である。日本でも都市部と地方部で一人当たりGDPや給与に差があるように、東南アジア諸国でも同様の現象が見られる。特に、新興国においては都市部と地方部の差が大きく、都市部においてはコストが割高になることがある。例えば、バンコクやホーチミン市のような主要都市に進出する場合、オフィスの賃料や賃金は、地方部と大きなギャップがある。このため、平均値に基づく期待と実際のコストが一致しないことがある。
以下は日本の一人当たりGDPと東京の給与を、対象国の1人当たりGDPおよび主要都市の給与と比較したものである。これを見ると、非製造業のマネージャー層の給与は、各国とも日本(東京)よりも割高である。
2. 外国人向け高コスト構造および日本にはない追加コスト
二つ目の要因は、外国人向けの各種サービスの高コストであること、および日本にはない追加的なコストが存在することである。日系企業が利用するオフィスや駐在員が住む住居の立地やグレードは、現地の一般的な水準をはるかに上回る。例えば、都市の中心地で外資系企業が多く入居し、24時間守衛が常駐したオフィスビルは、日本の中心部から離れたオフィスや年季の入ったビルと比べ㎡あたりの賃料が割高なケースも多い。また、駐在員の生活費面においては、プールやテニスコートを備えた豪華な外国人用コンドミニアムの賃料は、東京のアパート賃料を超えるケースもある。また、日常の買い物等においても、外資系スーパーやチェーン店で購入すると、日本よりも物価が高いこともままある。このような要因により、現地での事業運営・生活コストは予想以上に高い。加えて、駐在員向けの専用の自家用車や運転手の提供、メイドの採用、駐在員の子息の教育費等、コストが積み重なることで、全体のコストが高くなる。日本にいれば負担する必要がない追加的なコストが発生する。事前に現地の必要コストを理解することが重要になる。
3. 高い人材クオリティの要求
三つ目の論点としては、日系企業は、現地で採用する人材に高いクオリティを求める傾向がある。現地での採用にあたり、特に管理職候補に対しては、大卒以上の学歴や日本語・英語のスキル等が求めることが多い。これらのスキルを持つ人材は、現地の一般的な労働市場ではハイスペック人材に分類されるため、当然のことながら高い給与を要求される。結果として、企業が求める人材クオリティが高くなり、平均的な現地職員の給与との乖離が発生し、人件費が増加する。
なお、営業拠点の場合、都市部への拠点設置が不可欠な場合が多いが、輸出専用工場の場合には必ずしも都市部に設置する必要はない。ただ、多くの日系企業は、駐在員のライフスタイルも考慮し、都市に遠くない工業団地に設置することが多い。しかし、一部の企業はコスト削減や豊富な人材を求めて、外資企業の進出が限定的な地方部に工場を設置するケースも散見される。
このようなケースでは、政府との交渉やインフラ整備、従業員の教育(過去に工場勤務経験のない労働者のトレーニング)など、初期段階での負荷が大きいが、成功すれば中長期にわたり地域の人材を惹きつけ、コストメリットを享受できることもある。日系企業の中にはあえて地方進出を積極的に展開する企業もあり、このようなユニークなケースも改めて紹介したい。
新興国はコストが安いという先入観に縛られると、実際のコストの高さに驚かされることがある。しかし、その要因を理解すれば大きなサプライズはない。事業運営の際、コストは極めて重要な要素であり、海外進出を検討する際には、実態コストを正確に把握し、それに基づいて事業計画を立てることが不可欠である。
参照先:JETRO投資コスト比較